[日本語からの哲学: なぜ〈です・ます〉で論文を書いてはならないのか? (犀の教室 Liberal Arts Lab)](https://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4794973276/room510-22/) ![[5f79ab2827a7f3b5e8af26be838310af_MD5.jpg|100]] (著) [[平尾昌宏]] 晶文社 (2022/9/27) 2022/9/27 2022-10-04 図書館リクエスト ですますの文体から日本語をかんがえる、という本 らしたさんに直接感想を聞いて、これはよさそうだとリクエスト # 関連・思い出した本 [[『悪い言語哲学入門』]] # 読書メモ [[哲学はほかの学問と違い「愛する」だけでいい]] 3,4章から7,8章は国語学の話。 著者は、自分の〈です・ます〉の論文が「条件付き可」と言われたことがきっかけで一冊の本ができあがった。 ## 1章 なぜこんなことを考えるのか 日本語の語尾のことをきちんと考えると、〈です・ます〉と〈である〉だけで分けることはできない。 〈だ〉と〈である〉も違う。だが、〈だ〉と〈である〉はどちらか1つだけを使った文章は現実的ではなく、結局二つにわけることに落ち着いた。 ## 2章 なぜ論文を〈です・ます〉体で書いてはならないのか? [[ルールがあるならばその正当性の根拠が必要]] ## 3章 〈です・ます〉肯定論 [[国語学者は〈です・ます〉に関する事実を論じてもどう用いるべきかは論じていない]] [[野本菊男が〈です・ます〉を使うべきだと主張している]] [[言と文は本質的には異質なものなので言文一致は不可能]] [[言文一致とは日常の話し言葉とは離れた独特の新しい文章語創出の過程で生まれた革命]] [[〈である〉〈だ〉〈です・ます〉は創出された文章語である]] # 第2部 国語学・日本語学 ## 4章 「女子ども向き」説 [[〈です・ます〉を女子供が使っていた言葉だと考えるのは偏見でただの印象]] [[〈です・ます〉は江戸の芸人言葉「でげす」が由来]] ## 5章 「話し言葉」説 [[〈です・ます〉は話し言葉ではなく現代文章体]] [[〈です・ます〉には話し言葉の印象はあるが効果であって機能ではない]] ## 6章 敬語説 [[です・ますは歴史的にも時代的にも敬語性はほとんど失われている]] ## 7章 モダリティ論 日本語はモダリティは未成熟 敬語は発達しているが、モダリティは未成熟である [モダリティ - Wikipedia](https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A2%E3%83%80%E3%83%AA%E3%83%86%E3%82%A3) です・ますがモダリティであると言えるか? 丁寧というモダリティだけ? [[モダリティとは?]] ## 8章 待遇表現論 [[です・ますは相手と「距離」を作るために使われる]] ## 9章 文体論 [[ですますの機能は純粋待遇性]] # 3部 日本語からの哲学編 ## 10章 〈です・ます体〉から〈である〉体へ [[〈だ・である〉こそが文章だけに用いられる特殊な言葉である]] ## 11章 〈である体〉の人称的構造 [[である体で書けという論文指南書はですます体で書かれ主観的な日記はである体で書かれる]] [[である体Bの極みである小説は神の視点でも語られる]] [[である体には主観的用法と客観的用法がある]] ## 12章 〈です・ます体〉の人称的構造 [[〈である〉は「述べ」で〈ですます〉は「語りかけ」]] ![[2ded2099-62-146fed374e0b4e58e4d08661?2925ceb131fc92acad5b04a2f78cdd8e.jpeg]] [[ですますの中にであるは混在させうる]] ## 13章 文体から原理へ 学問経由 [[誰に向けて書いたものでもないレポートだけが科学として認められる]] [[ですますとは「ケアと正義」でもある]] ## 14章 ですます世界とである世界 [[〈である〉と〈ですます〉は世界にあなたがいるかどうか]] ## 15章 世界内の構成要素 [[〈である〉は著者と読者が同位相にあり〈ですます〉は非対称にある]] # 4部 異論と展開編 ここから、全然わからんかったし、かなり飛ばして読んだ。 結局、全体的によくわからなかったというか、面白くなかったのかもしれない。 ## 16章 文体と原理の関係 ![[db0ca96cfac21e351b277d0e2008-36-06a4.jpeg]] ![[2009-24-98c51408a910038f172e555d8b90.jpeg]] ![[3dcb5b848eb0d2626af1e0461c8933ed.jpeg]]