何回も見てキーワードにイメージをつけたい [知の教科書 フーコー (講談社選書メチエ)](https://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4062582082/room510-22/) ![[37a943fc93bca751b6c30cb299a27505_MD5.jpg|100]] (著) [[桜井哲夫]] 講談社 (2001/5/10) 2001/5/10 # 関連・思い出した本 [[『ミシェル・フーコー:自己から脱け出すための哲学』]] # 読書メモ 序盤、フーコーの生涯。文体も内容もすごく読みやすい。 最強の入門書、というのがよくわかる。非常によい。 [[『ミシェル・フーコー:自己から脱け出すための哲学』]]がかなり意味わからんかったから、余計印象がいい。 生涯をざっとなぞったあとに、重要な用語解説。 三次元でとらえる、という章では他者との関わり方など 著作を4ページで解説し、未来へのまとめ。 あらためて読書メモを残しながら読みたい ## プロローグ フーコーは生活の根っこにある疑問を考え抜いた人 この世にあることはすべて人間が作りあげたもので、ずっと昔からあったものではない。 ## フーコーの生涯と思想 省略 ## フーコーの思想のキーワード ### アルケオロジー(考古学) [[アルケオロジーはニーチェやカンギラムから影響されて考え出された方法論]] [[アルケオロジーは書物の主題ではなくその時代のどんな規則で書かれたかを明らかにする方法]] ### ディシプリン(規律) 初出は1080年 このときは「処罰、被害を与えられる、苦痛」という意味だった。 次に出てきたのが16世紀 このときは「訓練、道徳的指導、影響」という意味。 それが、集団の共通規則、という意味へ変化した。 17〜18世紀にディシプリンが支配的方法になった。 強そうな兵士を求めるのではなく、鍛えて作る兵士を必要とする世界に変化。 それが、軍、工場、学校、医療施設へと広がっていく [[ディシプリンの4つの技術]] 3 パノプティコン 4 [[主体(スジェ)]] 5 [[司牧システム(パストラ)]] 6 [[統治性(グヴェルマンタリテ, ガヴァーメンタリティ)]] 7 [[ビオ・ポリティック(生命を管理する政治学)]] 8 [[朋友愛(アミティエ)]] ## フーコーの主な著作 [[『狂気の歴史』]] ### 『臨床医学の誕生』 医師と患者の関係の「まなざし」の変化について言及した本。 医師の問いかけの仕方が変化した 「どうしたのですか?」→「どこが悪いのですか?」 これは、医師の「病気」というものに対するスタンスが変化したことも理由になる。 病気の変化 「身体全体に関わるもの」→「様々な部品が作りあげていくもの(機械と同じ)」 18世紀末 健康な人間の概念規定 「模範的人間」の提示 19世紀末 「正常ー異常」の概念が中心になった 死体解剖によって、肉体の特質や病気の原因がわかるようになった。 これによって「なにが死をもたらした」が理解できるようになった。 このように臨床医学によって社会に「正常」「死」という概念が作られた。 ## 言葉と物 フーコーによる人間科学の分析 1656年ヴェラスケスの「侍女たち」という絵画 ここには、単一の、独立した人間という主体が見いだせない、と語る。 ![[66156.jpg]] 16〜20世紀の間に、これがどう変化したか。人間中心主義はどう生まれたかを調べるのがこの本のテーマ。 ここでは、4つの時期の変化がある。 中世末期から16世紀 学問の基盤は「類似」だった これには限界がなく、比べるものが過剰にあり、収拾がつかない 17〜18世紀 学問の基盤は「比較」にあり、ここから「分析」が生まれた 18世紀末〜20世紀初頭 ここから大きな変化が起こる 「労働」が生まれ「経済人」が現れ、生物学での「進化」が起こった 現在 18世紀までは「人間」という概念がなかった 今は「意識する主体」「実在する人間」が存在する。この幸福な結合が信じられない。 人間学での近代哲学は袋小路に陥った。そしてこれは「人間の終焉」である。 🐷やっぱりここが全然わからん ## 知の考古学 アルケオロジーという方法について語った理論書 この概念は決してわかりやすいものではなく、フーコーも悪戦苦闘している。 歴史の出発点は、記録であり資料である。 マルクスやニーチェは主体中心の歴史を否定したが、その後連続性を重んじる歴史学の復活で狩られの考えは歪められてしまった。 フーコーのアルケオロジーは、エノンセの集積であるアルシーヴを重視する。 すべての資料を集めるのは不可能だが、それらをできる限り多く集め、序列や起源などを考えず、文化社会の構造を解読すること。 資料の中で同じ言葉が使われていても「言説変性体」が違えば違う結果になる。 だから、その自体の思考様式を明るみに出すことが重要になる。 そこでは、作者を絶対視しない、という姿勢も忘れてはならない。