[ゲンロン0 観光客の哲学](https://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B078DXR5Y2/room510-22/)
![[b468e0410841466154a642d90bbf8668_MD5.jpg|100]]
(著) [[東浩紀]]
B078DXR5Y2
株式会社ゲンロン (2017/12/11)
# 関連・思い出した本
[[『ゲンロン戦記』]]
# 読書メモ
2章まで一応読んだといえるんだが、なんだか一気に困っているというか、つまらなくなっているというか、読み進まなくなってしまった。
[[『音律と音階の科学』]]が面白いから、というのもあるかもしれないけど、それだけなんだろうか?
ちょっとわかったのは[[『<普遍性>をつくる哲学』]]なんかもそうなんだけど、このジャンルは「ゆっくりと書きながら理解」という方法がよくて、まずは一回読む、ということも困難なものなのかもしれない。(万物の黎明も、同じようにメモしながら読んだ方がよさそう)
そういう読み方をしてみよう。
2023/10/03
予約入ってて一旦返却
2023-10-24
再度読む
ゆっくり、一日に読む量も考えながら読んでいきたい。たぶん、簡単に脳内キャパが溢れる。
## 1部
## 1章 観光
[[観光客の哲学は新しい他者の哲学]]
[[観光は21世紀にもっとも有望な成長産業の1つ]]
では、その観光とは何か。哲学では、考える切り口を得るために、その語源を調べることが多い。
日本語の「観光」は漢文由来で、ちょっと違う。だから、元になる「ツーリズム」という言葉から見ていく。
ツーリズムの語源はtour + ism
この「tour」ということばは新しいもので、近代になってから生まれたもの。
[[観光の本来の姿は消費社会が必要な「大衆観光」]]
[[観光とは「楽しみのために行われる」「訪問地で報酬を得ることと関連しない」「日常の生活圏の外にある」もの]]
[[観光について哲学的に否定的ではなく語ろうとすると壁がある]]
本書の3つの狙い
1. グローバリズムについての新たな思考の枠組みを作る(世界は確実にフラット化している。その哲学的意味を問う)
2. 人間や社会について、不必要性(偶然性)から考える枠組みの提示(観光客:訪問先のすべてが商品・展示物。偶然のまなざしの対象)
3. 「まじめ」「ふまじめ」を越えた、新たな知的言説の立ち上げ
## 2章 政治とその外部
ヴォルテールの『カンディード』
[[「正しい」か「間違い」かはわからないので、信念に委ねるべき]]
[[間違いがあると考えないと人は誠実に生きることはできない]]
[[カンディードの「旅」は現代の観光だと言える]]
ドゥニ・ディドロの『ブーカンヴィル航海日記補遺』
[[ブーカンヴィル航海日記補遺は仮の世界旅行を通じて人間の本質の普遍的視座を獲得しようとする]]
カント『永遠平和のために』
[[永遠平和のためには観光を認めることが必要]]
[[政治的二項対立は友と敵というシュミットの友敵理論]]
[[ヘーゲルは国家が市民社会の理性だと考えた]]
[[ヘーゲルの考えを突き詰めるとシュミットに行き着く]]
[[コジェーヴ:現代のアメリカは「動物」の国家である]]
アーレント:他者を必要としない労働する動物
ハンナ・アーレントの「消費」
これは、他の二人と実は似ている
[[政治的二項対立は友と敵というシュミットの友敵理論]]
シュミットが考えたのは「経済的自由だけを追求する人」である自由主義者
[[コジェーヴ:現代のアメリカは「動物」の国家である]]
コジェーヴが考えたのは、闘争や歴史がなく快楽のみを追求する人である、動物的消費者
アーレントが考えたのは、他者を必要としない、労働する動物。
労働は、生命力を貨幣に変換しているのに対して、消費は動物的欲求を満たすために行われる。
ハンナ・アーレントの「消費」
これは、コジェーヴ、シュミットと考えがにている。
シュミットが考える自由主義者は、経済的自由だけを追求する
コジェーヴが考える動物的消費者は、闘争も歴史もなく、快楽のみを追求する
アーレントが考える労働する動物は、他者を必要としない
労働とは生命力を貨幣に変換する行為であり、消費とは動物的欲求を満たす行為
これらの考えは、グローバリズムでの快楽、幸福のユートピアを拒否するために人文学の伝統を用いようとしている。だが、そんな考え方は21世紀では通用せず、これによって人文楽が衰えていった。
つまり、こうした欲望を乗り越えていくような人文学の変革が必要なのだ。
## 3章 二層構造
[[ヘーゲルは国家とは市民社会の自己意識だと考えた]]
[[カント:国家を持った民族は1つの人格を持つ]]
ヘーゲルによると、国家は自己意識
カントによると国家とは人格
[[現代の国家はカントやヘーゲルが考えたような素朴なものではない]]
現代は二層構造の時代になっている。
[[精神と身体はフロイト的な上半身(政治)と下半身(経済)にたとえられる]]
[[現代は心がつながらず下半身だけがつながっているよう軽率で不純の時代]]
[[リバタニアリズムの国家論はヘーゲルとは異なる新たな政治思想の萌芽]]
また、マイケル・サンデルが提唱するコミュニタリアニズムもある
[[現在に残った国家論には普遍や他者というものがない]]
アントニオ・ネグリとマイケル・ハートの「マルチチュード」という概念
[[マルチチュードにおける帝国は人間に対し消費者であることしか求めない]]
[[ネーションは子どもを産めといわないが帝国は子どもを産めというのが現代社会]]
[[マルチチュードとは資本主義の力を利用する反体制運動]]
[[マルチチュードの欠点は政治に結びつけるための戦略がないこと]]
## 4章 郵便論的マルチチュードへ
[[リベラリズムとはあらゆる人間の権利を認め尊厳を尊重する普遍主義である]]
[[現代では普遍主義的な価値観が崩れ落ちてしまっている]]
普遍的な世界市民への道が閉ざされることを止め、世界市民への道を開く
グローバリズムとナショナリズムの共存という、普遍的な世界市民への道が閉ざされた世界になってしまった
これを止めるための本であり、世界市民への道を開く本である
[[『新ネットワーク思考―世界のしくみを読み解く』]]
[[『「複雑ネットワーク」とは何か―複雑な関係を読み解く新しいアプローチ (ブルーバックス)』]]
[Amazon.co.jp: 歴史は「べき乗則」で動く――種の絶滅から戦争までを読み解く複雑系科学 (ハヤカワ文庫NF―数理を愉しむシリーズ) : マーク・ブキャナン, Mark Buchanan, 水谷 淳: 本](https://www.amazon.co.jp/%E6%AD%B4%E5%8F%B2%E3%81%AF%E3%80%8C%E3%81%B9%E3%81%8D%E4%B9%97%E5%89%87%E3%80%8D%E3%81%A7%E5%8B%95%E3%81%8F%E2%80%95%E2%80%95%E7%A8%AE%E3%81%AE%E7%B5%B6%E6%BB%85%E3%81%8B%E3%82%89%E6%88%A6%E4%BA%89%E3%81%BE%E3%81%A7%E3%82%92%E8%AA%AD%E3%81%BF%E8%A7%A3%E3%81%8F%E8%A4%87%E9%9B%91%E7%B3%BB%E7%A7%91%E5%AD%A6-%E3%83%8F%E3%83%A4%E3%82%AB%E3%83%AF%E6%96%87%E5%BA%ABNF%E2%80%95%E6%95%B0%E7%90%86%E3%82%92%E6%84%89%E3%81%97%E3%82%80%E3%82%B7%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%82%BA-%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%83%96%E3%82%AD%E3%83%A3%E3%83%8A%E3%83%B3/dp/4150503583/ref=sr_1_1?__mk_ja_JP=%E3%82%AB%E3%82%BF%E3%82%AB%E3%83%8A&crid=2BKEX2WJ4T1B4&keywords=%E6%AD%B4%E5%8F%B2%E3%81%AF%E3%81%B9%E3%81%8D%E4%B9%97+%E3%81%A7%E5%8B%95%E3%81%8F&qid=1699335084&sprefix=%E6%AD%B4%E5%8F%B2%E3%81%AF%E3%81%B9%E3%81%8D%E4%B9%97+%E3%81%A7%E5%8B%95%E3%81%8F%2Caps%2C169&sr=8-1)
観光客は郵便的マルチチュードである
[[世界市民への道を開くにはマルチチュードの弱点の克服が必要]]
[[郵便によってマルチチュードの弱点を克服する]]
ネットワークの科学
[[グラフ理論は18世紀オイラーの一筆書き問題から始まる]]
ダンカン・ワッツとスティーヴン・ストロガッツが「スモールワールド」を提唱し
アルバート=ラズロ・バラバシとレカ・アルバートが「スケールフリー」という概念を提唱した。
[[複雑ネットワークの特徴は「大クラスター係数」「小平均距離」「スケールフリー」]]
[[ネットワークは一部をつなぎかえるだけで平均距離が大きく下がる]]
[[スケールフリーネットワークは必ず次数が偏り不平等になる]]
[[べき乗分布のスケールフリーは係数が増えても中々ゼロにならない]]
[[複雑ネットワークを使えば帝国と国家の二層構造を人文的に解釈が出来る]]
[[スモールワールドは多数のクラスタの狭い世界でスケールフリーはべき分布の不平等な世界]]
[[アーレント達は「1対1」で「対等」なのが人間本来のあり方だと考えた]]
[[スモールワールドとスケールフリーは視点を変えると同時に現われる]]
国民国家の規律訓練とは、クラスターから頂点1つ1つに働き掛けるようなイメージ
帝国の生権力というのは、次数分布を統計的に管理している
人類が1つのネットワークの中に存在していると考えるならば、スモールワールドとスケールフリーの秩序が並び立つことになる。
スケールフリーは、交通、情報の発達で見えてきたもの。ヘーゲルが考えたパラダイムというのは、このスケールフリーが見えてくる以前の時代の社会思想なのではないか?
[[家族や共同体の誤配によるつなぎかえから市民社会ができた]]
[[新規頂点がどんどん現われる時代はスモールワールドよりスケールフリーの側面が多くなる]]
「神話」からわかること
二層構造における抵抗の台3の選択肢のてがかり
かつて、シュミットやコジェーブ、アーレントは「国家こそが帝国への抵抗の基礎となる」と考え、ネグリは「帝国の中から抵抗が現われる」と説いた。
だが、それはシニカルなナショナリスト、盲目的なマルチチュード
グローバリズムへの抵抗は、帝国と外部との間、誤配の空間そのものに位置づける
誤配を、スケールフリーの秩序から奪い返すのだ
ローティーによる連帯の可能性
『偶然性・アイロニー・連帯』には「リベラル・アイロニスト」が登場する
現代派、公的なものと私的なものとを統一する理論への要求を捨て去ることが求められる
これは、普遍的価値を目指すということで、哲学、宗教的には矛盾しているかもしれないが、積極的に受け入れる
偶然性に関係する
史的な価値観は、偶然生まれただけ
これは、二層構造と符合する
ローティが考える「連帯」について
これは「誤配」と考えられるのではないか?
連帯の基礎は、大きな帰属集団ではなく、個人単位のもの
たまたまの、目の前の人への同情や、共感。これが連帯の基礎になる。
ルソーの「憐れみ」も同じものではないか?
これがなければ人類が滅びてしまっていた。
憐れみが社会を作り、社会は不平等を作る。
誤配や、つなぎかえに似ている。