- ポロネーズ第1番 Op.26-1
- ポロネーズ第2番 Op.26-2
- 12の練習曲 Op.10-12「革命」
- 12の練習曲 Op.10-3「別れの曲」
- バラード第1番 Op.23
- ワルツ第1番 Op.18「華麗なる大円舞曲」
- ノクターン 第1番 Op.9-1
- ノクターン 第2番 Op.9-2
- ノクターン 第20番 WN37 “レント・コン・グラン・エスプレッシオーネ”
- アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ
アンコール2曲
シューマン作曲のショパン
シューマンのなんか
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1 ポロネーズ第1番 興ハ短調 Op.26-1
2 ボロネーズ第2番 変ホ短調 Op.26-2
ショパンは生涯のすべての時期にわたって、ポロネーズを書き続けた。20歳で故郷を離れ、以後二度と祖国の地を踏むことがなかった彼にとって、それは祖国ポーランドへの思いそのものだったといえよう。祖国の栄枯盛奏に対する様々な思いを込めて書かれたショパンの16曲のポロネーズには、雑壮なリズムをもち華やかな往時を偲ばせるものと、逆境時代のポーランドを描いたかような陰鬱な気分をもつものとの、2つのタイプがある。<第1番>は、力強いリズムに支えられた熱烈な楽想と美しいメロディが、見事な時的効果を生み出す一曲。これと同時期の1834~35年に書かれたく第2番>は、対照的に陰鬱そのものの曲想をもつ。
3.<12の練習的>Op.10より第12番 ハ短調「単命」Op.10-12
1830年に故郷ワルシャワを離れ、ウィーンからパリへと向かう途上、ロシア軍の侵入によりワルシャワが陥落したとの報に接し、絶望と怒りを込めて作申したというエピソードで名高い一曲。このエピソードに確証はないが、その曲想はショパンには珍しいほどに熱情的であり、単に“左手の急速なアルペッショのための練習曲”というだけの曲でないのは確かだ。
4.12の級習曲>Op.10より第3番 ホ長調「別れの曲」Op.10-3
有名なタイトルで親しまれているショパンの曲は数多いが、そのほとんどは作曲者自身の命名ではない。
この「別れの曲」も、ショパン自身の「別れ」のエピソードと関係があるわけではなく、ショパンの伝記映画 「別れの曲」に使われたところからついたタイトルといわれている。しかしいずれにしても、ショパンが書いたもっとも美しいメロディの一つであることに変わりはない。中間部の情熱的に高揚する楽想など、高度なピアニズムに裏付けられた曲でもある。
5.バラード第1番ト短調 Op.23
4曲のバラードはいずれも1835年から1842年という創作の絶頂期に作曲され、ショパンのピアノ音楽の一大頂点をなす傑作として知られている。パラード(諏詩曲)とは一般には物語風の楽曲をさすが、独自の自由なスタイルをもつショパンのパラードはまさに、ピアノが語る一篇の詩と呼べるだろう。このく第1番>は、レチタティーツォ風の荘重な序姿にはじまり、担々と進みながらもやがて熱情を帯びる第1主題と静穏な第2主題による、一種のソナタ形式で書かれている。
6.ワルツ第1番 Op.18「華麗なる大円舞曲」
20歳のショパンが故国ポーランドを離れてウイーンに移った頃、ウィーンではちょうどヨハン・シュトラウスやランナーのワルッが一世を風離していた。その華麗で誰をも夢中にさせる音楽は、繊細なニュアンスを重んじるショパンの音楽とは相容れないものだったという。
そんなウィーンに馴染めなかったショパンは結局、この音楽の都での成功をあさらめ、フランスへと旅立つこととなるのだが、のちにパリのサロンで活躍するようになってからショパンは、ポロネーズやマズルカといった故郷ポーランドの民族舞曲に加えて、ウィーン風のワルツも数多く作曲するようになる。最初は、サロンに集う人々を喜ばせるための、本来の舞踏曲的な華麗な曲調のワルツだったが、次第にその曲想に抒情時的な性格が加えられていった。こうした芸術的香りに満ちたワルツは、ピアノ音楽としてショパンが創りだした独自のジャンルと呼べるものであり、魅力的な作品群を形作っている。く第1番変ホ長調「華麗なる大ワルツ」Op.18>は、ショパンの全ワルツ中もっとも大規模な一曲。爽快華麗な演奏効果に富んだ人気曲だ(1833年作曲)。
7.ノクターン 第1番 Op.9-1
1830~31年ごろに作曲された最も初期のノクターン。曲想こそこのジャンルの創始者であるイギリスの作曲家ジョン・フィールドの特徴をそのまま受ゖ継ぐものだが、旋律の装飾法や情緒の細やかさなどに、ショパンならではの美質があらわれている。
8 ノクターン第2番 変ホ長調 Op.9-2
アイルランド生まれの作曲家ジョン・フィールドによって創始された「ノクターン(夜想 曲)」という曲種は、ささ波のような伴奏の上にベル・カントさながらの美しい旋律を歌わせるロマン派の性格小品だが、ショパンは繊細さの中に劇的息吹までもを盛り込んだ独自のノクターンを、生涯に21曲生み出した。このく第2番>は、アメリカ映画 「愛情物語」の主題曲にアレンジされた事でも知られるもっともポピュラーな一曲だ。
9.ノクターン 第20番 WN37 “レント・コン・グラン・エスプレッシオーネ”
「レント・ゴン・グラン・エスプレッシオーネ」の名でも知られるこのノクターンは、ショパンの死後1875年にはじめて出版されたものだが、1830年頃に作曲された若き日の作品。ウィーンで書かれ、ワルシャワの両親のもとへ手紙とともに送られた。手紙には、姉ルドヴィカがショパンのピアノ協奏曲を弾く前に「練習のために弾く曲」と書かれていたというが、曲の中間部には<ピアノ協奏曲第2番>終楽章のメロディが引用されている。愛感に満ちた曲想が美しい。
10 アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ 変ホ長調 Op.22
華麗な演奏効果をもつこの作品は、ショパンがポーランドを離れてパリに移り住んだ時期に作曲された。1830~31年にポロネーズの部分が、1834年にアンダンテ・スピアナートの部分が書かれ、1835年にパリでショパン自身により初演され、大喝采を浴びたという。原曲は管弦楽付きの協発的作品だが、今日では今回のようにピアノ独奏で演奏されることの方が多い。若きショパンの作風を典型的に示す一曲である。
曲目解説執筆:柿沼唯(作曲家)
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