[[長期的な快適性を失わない「使い方」を覚える]]こと。その為に[[クイックスイッチャーの使い方]]を学び、それに慣れていくこと。
そして、クイックスイッチャーに慣れるための方法として、[[サイドバーを非表示にしてノートを探さない仕組みを確立する]]こと。
ここまでで、Obsidianを「長く快適に使っていく準備」は整いました。
しかし、十分な準備と仕込みをしたとしても、すべてのノートを100%完璧に即座に見つけ出せるかというと、残念ながらそれは保証できません。
もうこれは、システムがどうこう、という話ではありません。我々人間という存在が不完全である限り、避けようがないことなのです。
私たちが目標にすることは、**探し物に使う時間を完全にゼロにすることではなく、必用最小限の整理時間で、探し物に使う時間を最小化すること**です。
デイリーノートを基本にしてノートを運用し、必要なノートだけを新しく作る。そして、それらに適切なタイトルを付ける。これをきちんと実践できれば、5年後のノートを探す時間は、なにも整理をしていない場合の100分の1くらいにはできるはずです。
もちろんこれは「常に失敗から学ぶこと」「改善を続けること」を前提にした数字です。なにもせず、デイリーノートを書き続けているだけで完成、ではありません。
[[Obsidianの第一歩:もう一度使ったら新しいノートを作る| デイリーノートに書いた項目を、もう一度探して使った場合には新しいノートを作る]]ことを基本にし、そこに適切なタイトルを付けること。そして、ノートは必要に応じてアップデートする。具体的には、ノートを見つけられなかった場合に改めてタイトルを考え直す。こういう「使いながら改善していく」ことを前提とした数字です。
特に、最初期に作ったノートは、ノート作り、タイトル作りに不慣れなこともあり、何度も修正が必要になるでしょう。
そういう時に、デジタルノートの編集可能性の高さが生きてきます。
ノートは、何度でも、いくらでも修正できるし、修正すればいい。
これは非常に手間暇がかかる行為にも感じられますが、これは同時に「整理の為の整理」は必要ない、ということでもあります。
いつ使うかわからないもの、使うか使わないかわからないものを整理するのではなく、自分が実際に使ったものだけを整理して、使いやすい状態を保ち続けること。
ノートを使うたびに、1分2分でいいので、頭を使って、一手間かけた丁寧な処理をする。
この整理方法も、これ自体が「完璧な整理は不可能である」ということを前提とした考えであり、自分自身の不完全さを認めた上での整理の原則でもあります。
実はこうした「不完全を認めること」こそが、長く快適にデジタルノートを使うこと、デジタルでの知的生産を継続する為にもっとも重要な心構えだといえるのかもしれません。