食べたものの観察が出来るようになったら、次はデイリーノートに妄想未来日記を書く、ということを実践します。 食べたものの観察と妄想未来日記の一番の違いは、文章にする対象が「事実」から「頭の中のこと」に変化することです。 なんだその程度のことか、と思われるかもしれませんが、これはめちゃくちゃ大きな違いです。 絵を描く、という行為でたとえてみましょう。 絵を描くときのすべての基本となる練習は「デッサン」です。 デッサンは絵を描く上で最も重要な基礎技術で、目の前の対象を徹底的に観察し、その形や質感を正確に描き出すことを繰り返し練習するものです。アトミック・シンキングで言うと、ここまでやってきた「食べたものについて書く」というのは、お絵かきのデッサンをかなり意識した練習です。 絵の練習をして得られた一番の発見は「人は、目の前にあるものをちゃんと見ることができない」ということでした。視界には映っているけれども、それらをきちんと認識していない、というのがもう少し正確な表現かもしれません。 そして、目の前のものを見て、きちんと絵に描こうとすると、普段は認識できていなかった部分も、きちんと認識することができるようになりました。絵を描く時にまず大切なのは、きちんと「観察すること」だとわかったのです。 また、ある程度絵を描くことに慣れてくると、見たものを描くことだけであれば、ある程度練習すれば、案外スムーズにできるようになることがわかりました。 たとえば「バナナの絵を描いて」と言われて、バナナを実際に見て書くのであれば、それっぽく描くことはそこまで難しくなかったのです。 ただ、これを「なにも見ずに」書こうとすると、ものすごく難しい。 たとえばバナナなんかは特徴がはっきりしているので、なにも見なくてもまだそれっぽく描くことが簡単かもしれませんが、たとえばそれが「エアコンの絵を描いてみよう」だとか「〜」となると、途端に難しくなります。 自分はそれを認識しているけれども、きちんと「見て」いない。 人間の「見る」という行為は案外いい加減なんだな、というのは、絵の練習をしてみてよくわかった発見でした。 (個人的にはお絵かき論もけっこう面白くていろいろ語りたいんですが、今回は本筋から逸れすぎるので自重します) そしてこれは、私たちが「考える」ときや「文章を書く」ときにも同じことが言えるのです。 ここまでずっと「食べたものについて文章を書く」という練習をしてきたのは、これが理由です。 自分が食べたものを文章で表現しようとすると、必然的によく「観察」するようになります。 そしてこれは、最初は難しいけれども、慣れてしまえば「それっぽく書く」ところまでは案外簡単に到達できるのです。(もちろんそれは、簡単とはいえ1日2日でできる、というものではありません) 難しいのはこの次の段階です。 つまり、目に見えない「自分の頭の中」をきちんと文章にする、という行為。 なにも見ずに「エアコンの絵」を描くことが難しいように、いきなり「自分の考え」を書くことはものすごく難しいことです。 見えないものをきちんと文章に落とし込もうとすることは、私たちが想像しているよりもずっとずっと難しいことなのです。 じゃあそれは、練習できないことなのか?なにかできるようになる練習方法はないのか。 そう思って辿り着いたのが「妄想未来日記」と名付けた「今日1日これからやることを文章にする」という練習です。 練習で重要なのは、適切なタイミングで、適切なフィードバックが得られることです。 なにかを実践してみて、できるだけ早いタイミングでそれが「あっていたかどうかわかる」ことによって、適切な方向に軌道修正が出来るようになります。 「頭の中にあるこれからやること」を詳しく書いてみて、そのあとに「正解を確認する」 これによって、少しずつ「見えていないもの」を言語化する練習をしていくのです。 具体的にどんなことをすればいいのか? 1日の始まり(Obsidianを開くことが出来たタイミング)で、これから自分は何をするつもりなのか、まずは可能な限り詳細に書き出してみます。 以下、これは「よくない例」です。 `起きて、朝ごはんを食べて、会社に出発する` これでは圧倒的に解像度が足りません。たとえば、朝起きた時には、なにをするのか? 私の場合一番にやることは「Apple Watchのアラームを止める」ことです。冬から花粉の季節にかけては、夜はマスクをして寝ているんですが、マスクが外れてしまっていることが多いので、そのあとはマスクを付け直したり、ベッドのどこかにあるマスクを探したりします。その後、iPhoneで起床時間などを記録して、トイレに行ったあとにキッチンへ移動。息子の朝ごはん(ほぼ毎回ホットサンド、ヨーグルト、なんらかの飲み物は固定)を準備して、待ち時間にお皿を片づけたりしつつ、息子の水筒も準備。 といった感じです。 もちろんこれよりもっと詳しく記録を書くこともできますが、今回の目標はこの程度です。 とは言え、こんなことを毎日やっていれば、さすがに生活が成り立ちません。 1日の予定を書くだけで、半日使ってしまうことになってしまうでしょう。