フォルダやタグでの整理とリンクでの整理は何が違うか なぜフォルダやタグを使わず、リンクを使ってノートを整理することを推奨するのか。 次はその点を考えていきます。 フォルダやタグでなくリンクでノートを整理することをオススメする理由は、簡単に言えばリンクを使った方が圧倒的に柔軟な整理が出来るから、と言えます。 フォルダもタグも、基本的に「どこにしまうか」という名前をつけておく、程度のことしか出来ません。 フォルダの中に、ノートを好きな順番で並べることも簡単ではないし、タグは、増えれば増えるほど時分がどんなタグを付けたのか、どんなタグを使っているのか、というのを思いだすことが簡単ではなくなります。 そうなる原因というのはわりと単純です。それは、ノートをフォルダに分けたり、ノートにタグを付けたりするだけで気分がスッキリして、それだけでもう整理した気分が味わえてしまう、ということです。 100個や200個程度のノートなら、フォルダやタグを使えば上手に快適に整理は可能です。2年や3年程度ならば、そんな使い方でもなんとか使い続けられます。 問題は、多くの人は5年10年どころか、これから20年も30年もコンピュータを使い続けていくであろう、ということです。 人生と同じように、10年20年と生活を続けていると、今の自分からは想像できないほどの情報に膨れ上がります。もちろん、定期的にすべてを「リセット」してしまう、なんていうやり方もあるでしょう。 領収書や保証書、説明書のようなものならば「2024年」という具合に年別のフォルダを作ってわけておけば、まあなんとかなるでしょう。 問題は、そういった単純な分類が出来ないようなノート達です。 自分が考えたアイデア、読んだ本のメモ、仕事で役に立つノウハウ。こうした簡単にまとめられないような雑多なノウハウを、上手に整理して、必要なものが自在に取り出せるようになれば夢が広がります。 人生のあらゆる出来事が、その場限りのもので終ることなく、未来へとつながっていくようになっていきます。 そういう可能性をしめた整理の方法というのがリンクで整理する、という手法なのです。 問題は、こうした情報を整理していく場合にはフォルダみたいに「放り込んでおいたらそれでいい」というようなことは起こり得ない、ということです。 この情報は、どこに保存しておくことが適切なのか。どういう分類をしておけばすぐに取り出せるようになるのか。どういうものと組み合わせておくと使いやすくなるのか。 そうしたことを常にノートを使って考えて、ノートを整理しながら同時に自分自身の頭の中を整理していくことが重要なのです。 『アトミック・シンキング』では、目隠し将棋のたとえ話を使って、頭の中だけで考えることの困難さを語りました。これは、自分自身の考えを整理する時でもまったく同じことが言えます。 ただフォルダを作ってそこに並べれば完了。当てはまりそうなタグを付けておいたら完了。そんなことでは自分の頭の中は整理できません。 ノートの中に必要そうなノートへのリンクを並べて、それらを並び替えたり、適切な見出しを付けたり、今考えていることを直接文章の形で書き記したりしながらノートを整理していくのです。 (ある意味、将棋の駒を並べることと似たような行為だといえるかもしれません) そうやって考えて整理して、ノートを整理すると共に、自分自身の考えも整理していく。 結局、こういう一見面倒くさいように思える行為をしなければ、情報は整理できません。というよりも、実はこの一見面倒くさい情報の整理、という行為自体がすでに「考える」行為の第一段階でもあるのです。 考える、という言葉を使うと、なにかまったく新しい、誰も思いついていないことを思いつくことのように感じるかもしれません。ですが、思考というのはアイデアと同じように、複数の情報を組み合わせ、整理し、つながりを発見していくことがベースになります。 その様々な組み合わせを試して、比較してみる。これこそが『アトミック・シンキング』で提唱する「考える」という行為なのです。