# メモアウトライン
## 文章の基本
- 面白い文章とは事実が書かれた文章
- 文章が面白い人は事実を書く
- たぶん、文章が上手、読みやすい、面白い、という人は、事実をちゃんと書いている。
- 〜だな、という文体では練習が出来ない
- 〜だな、みたいな文体の人は、メモとしてはよいんだが、文章の練習になっていない。
- 〜しないと、といった文章を書いても、読みやすくもならないし練習にもならない
- 〜しないと、みたいなのも、練習にならない。読みやすくない。
## なぜ事実を書くと面白いか?
- 事実を書くことの重要性
- 感想じゃなくて、徹底的に事実を書く。食べたものがどんなもので、なにが起こったのか。
- 主観を書くのではなく、客観を徹底的に掘り下げる。
- 事実を書くことで得られる効果
- なにが起きたのか。それはどういうものか、を的確に表現して、ようやくそこからどうすればいいかがわかる。
- はじめて「美味しかった」を超える感想になる。
- 具体例
- たとえば
- 「何をどう調理して、どんな食感で、どんな香りだったか」を書ければ、それは他人に伝わる客観的な情報になる。
## 主観と客観のバランス
- 事実を徹底的に重ねた上で、そこからようやく上っ面ではない、自分の言葉での「主観」が見えてくる。
- パッと出てくるような主観は、主観ではなく「直感」で「感想」
- 主体的な自分の意見ではない。
## 他人に伝わる文章の作成
- そして、他人に伝わる文章にならないと、将来的に「未来の自分がわかる文章」にはならない。
- 映画レビューの例
- 映画のレビューでも、「面白かった」より、「開始10分で主人公が無言で怒りをにじませるシーンがある。ここがすごい」と書いてあると納得する。
## 事実を書くことのトレーニング効果
- それなら「事実を書くこと」が単なる文章力だけでなく、思考力や整理力を育てる基礎トレーニングになるという流れで組み立てると、より説得力が増します。
- ストーリー展開と説得力
- 以下に、ストーリー展開と説得力を持たせる流れを整理しました。
## 書くことで考える
- 書いて考えるために、まず「事実を書く」
- 主観よりも事実を書く理由
- なぜ主観ではなく、まず事実なのか?
- 主観(感想)を書くのは簡単。「楽しかった」「疲れた」「うまかった」だけで終わる。
- でも、それでは自分の思考は深まらない。なぜそう感じたのか、何がそうさせたのかが見えない。
- そこで重要になるのが「事実を書く」こと。事実は、感情や思考の材料。
## 事実を書くことのプロセス
- 事実を書くとは、思考の原材料を集めること
- たとえば「ラーメンを食べた」と書く代わりに、
- どんなスープだったか(油の量、味の系統、温度)
- 具材の種類と量(チャーシューは何枚?煮卵の半熟具合は?)
- 店内の雰囲気(音、匂い、空気感)
- こうして書き出すと、自分が何を見て、どう感じたかが"あとからでも"分析できるようになる。
- つまり、「書くことで思考の記録が残る」=「あとからでも考えられる」ようになる。
## 思考を整理するための事実の記録
- 事実を書くことで、思考を整理する土台ができる
- 日記でも議事録でも同じ。
- 最初に「何が起きたか」を正確に書けないと、「何が問題だったのか」や「何を感じたのか」も整理できない。
- だから、事実を正確に書く力=思考を整理する力の基礎。
## 書くことで考える力を強化
- 書くことで「考える」が強くなる
- 書いた情報は、自分の頭の外に出た「思考の部品」。
- それを並べて、眺めて、分類して、つなげていくと「整理された考え」になる。
- この一連のプロセスは、どんな仕事・創作でも必要になる「構造的に考える力」につながる。
## 結論
- 結論:徹底的に事実を書くことは、書くすべての基礎になる
- 文章力の向上
- 思考の深まり
- 整理力と構造化の習慣
## 練習の出発点
- すべての出発点として、「感想よりもまず事実を書く」という練習がある。
## エピソードや実例の展開
- この構成をベースに、さらにエピソードや実例を加えて展開すれば、話として完成度が高くなります。必要ならマークダウン形式にも整えます。どう展開していきたいか、もう少し詰めますか?
## 自動化の必要性
- 記事を更新したら、Twitterと、Publishを記事を追記する、という手順は、半分自動化したいなあ。こういうのはめんどくさいし、忘れるからなあ。
- コメントしてくれるだけでもいい。
## 解像度の向上
- 解像度を上げるというのは、ある意味では「よりアトミックにする」と言える
## 日記の重要性
- ログと、日記は違う、ということかな。
- で、練習には「日記」が必要
## 実践の喜び
- いろんな人が、まずはやってみよう、と思ってやってくれて、とても嬉しい。
- まあ、つまらん、と思った人は言わないとは思うけど、それでも、信念を持って「まずは超簡単なことからだ」というのをある程度信じてくれたのは嬉しい。