## 🧠フリーライティング(今日やりたいこと)
## KSコメントに返信
コメント失礼します。
読書ノートについて、本記事をとても参考にさせていただいております。
2点ほど疑問がありましたので、質問させてください。
1.修正前の文章を消すことについて
読書ノートを始めとして、Obsidianに書いた文章については何度も修正が加わると思いますが、その際には元の文章は削除してしまうのでしょうか?
自分がより良いと思う文章だけが残っている方が後で見ることだけを考えると綺麗で、不要なものは残しておくとゴミになるというのは過去に経験がある一方で、文章を変えた=自分の考え方に変化が生まれたと考えると、その変化を残しておく事は後で何か役に立つのではないか、と考えてしまい前の文章を消す事に抵抗があります。
Gitを利用してObsidianのバージョン管理をされているという記事も拝見しましたが、
変更履歴はそちらで分かるから残さない、といった考え方でしょうか?
2.読書ノートの引用について
読書ノートは本の内容をそのままコピペせず自分の言葉で書くと思いますが、
その際に間違った解釈をしてしまう可能性もあるのでは、と考えております。
それを防止するために1つのメモごとに以下の2つのノートを作ることを考えましたが、
1冊の本にかかる時間がとても増えそうなのでやらなくなってしまいそう、という懸念もあります。
○本から引用だけしたノート
・ノートタイトル:『本の名前』 ○ページ
・内容:本の内容のみ引用
○本を踏まえて自分が解釈したノート
・上記のノートをリンクし、自分の解釈を記入する
上記についてのご意見や、ごりゅごさんが何か意識していること等ありましたら教えていただけるとありがたいです。
色々なアプローチ、色々な観点があるので、複数の観点でお答えします。
まず、自分はどう考えて、どうしているのか。
Obsidianに書いた文章を変更することに関しては、内容が変わることはほとんど気にしていません。
「アトミックノート」という小さい単位であれば、ほとんどすべては小さなノートばかりで、基本的に「タイトル」以外は自分なりの理解を行うための素材でしかありません。
アトミックノートというのは、自分の感覚としては書いてあることの解釈で、そこには「自分の考え方」は存在していないと思ってます。書いてあることをこうやって解釈する、以上のことが起こらない、というのかな。
自分の考えを書く、という場合にはアトミックノートを組み合わせて「セクションノート(仮)」というものを使ってます。
https://knowledgestuck.substack.com/p/obsidian012
で、このノートに関しても、そういえば自分の考えが変わることはあんまり気にしてないです。目の前に面白そうなことがいっぱいあって、それを考えることをしてた方が楽しいから、その手の自分の変化は別にどうでもいい。そこにエネルギーを使うより、もっと別のことに使いたい、と感じてるような気がします。
gitで履歴は見られると思いますが、変更の履歴みたいなのは全然見たことはないです。
たとえば新しいノートを作って、〜ノート2、みたいに運用することも考えられますが、あんまりオススメはしないですかねえ。
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ここからは本の引用や解釈に対する自分の意見、考えで、人に強制するような物ではないんですが
そもそも、本に「正しい解釈」や「間違った解釈」というのは存在し得ない、と考えてます。著者と同じ人生を生きていない他人である限り、そもそも原理的に著者と同じことを考えることは不可能。であれば本に書いてあることの「正しい解釈」なんてことも不可能。
むしろ、書いてあることをどう解釈するか、ということこそが、その人が、その本を読む価値ではないか。
哲学系の本なんかを読んでいるとよく感じるんですが、誰が何を言っていたかというのは結局「説明する人が違うと解釈も異なる」と感じます。
もちろん、可能な限り著者が書いてあったことに近いことを読み取ろうという感覚は重要だと思いますが、ぶっちゃけた話、著者だって自分が書いてた文章を一字一句覚えているわけでもなく、自分が書いた文章に対して、100%正確に、当時思ってたことと同じことを感じることもできません。
なので、一言で結論をいえば(もちろん可能な限り頑張るけど)「細かいことはあんま気にしない」
人間だから、間違えることはある。もし間違えてたら、それをきちんと訂正できる大人になろう。その方が健全な世界ができるんじゃないか、と考えます。
最近けっこう影響を受けてる東浩紀さんの概念で言うと「誤配」こそに世界を変える鍵があり「訂正可能性」こそが住みよい世界をつくるのではないか、みたいな話ですかね。
https://amzn.to/4a2hrrQ
もうひとつは、実務的な運用で悩みを解決する話。
たとえば、読書ノートに訂正を加えたら、デイリーノートにそれを残しておく。「結果」は個別のノートで「過程・ログ」はデイリーノートに残す、というのは情報整理の観点でもとても便利です。(デイリーには、古いノートの中身を全部の越してもよいと思う。そして、そのノートへのリンクを貼っておく)
引用ノートに関しても、あまり細かいことを気にせず、引用と、自分の考えは1つのノートにまとめればいいかな、と思います。
技術的な話で言うと、文章先頭に`>`をつければマークダウン(Obsidian上)では、それは引用になるので、視覚的にもきちんと区別できるかな、と思います。
一番大事なのは、書いて考えることを続けることで、間違いとか、失敗とかはどんどん経験していく、ということが重要です。
面倒でやらないより、間違ってていいから考えて、手を動かす。それこそが一番重要なことじゃないかと思います。
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## [[2023-12-03 🎙KS003 収録]]
ノートPCでもそれなりにObsidianを操作するつもりになるように設定を見直したい
はるなの寄稿記事に、画像を2枚追加
## [[2023-12-05 🎛️BC078 編集]]
夜に終わらせた
Ferriteだと、下で隙間時間で進められる
まあ、いいことじゃないかと思う
## 晩ごはん
[[12.r25b4a1 無水ポトフ]]、見た目が味薄そうだったけど、問題なかった。途中で混ぜる必要もなさそう。