「ライフログ」という言葉について思うこととか 【ごりゅご】3月21日版

雑記

「ライフログ」という言葉について思うこととか 【ごりゅご】3月21日版

マリオとかマリオカートやってると、やっぱり専用ゲーム機でのゲームって快適なんだな、と思い知ります。 あとはこれで、カート […]

最終更新日:2017年3月5日
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マリオとかマリオカートやってると、やっぱり専用ゲーム機でのゲームって快適なんだな、と思い知ります。

あとはこれで、カートリッジ入れ替えというメンドクサイ作業がなくなれば…

そういう意味で、容量が許す限りいくらでもゲームを入れておけるiPhone、iPadは天才だなと思います。PS Vitaとかもそうだけど。

ノマドとか海外生活とか

最近この手のブログとか記事とかを好んでよく読んだりするようになってきた。

てことは、きっと自分でこういうの考えたり調べたりして書いたりしたら面白そう。

Evernote3.0.7 beta4

このバージョンで地味に見た目が変わったんだけど、こんなところまで変わってたのには気づいてなかった。

マリオ3Dランド面白い

マリオすごい!

初代マリオからある意味ずーっと変わってなくて、それでも新しくなってて、基本は「横に進む」マリオに、ちょっと奥に進んだり、斜めに進んだりして、それでも感覚は初代マリオの感覚で十分通用する。

ていうか世界観が初代から変わってない、ってところもすごい。

「ライフログ」について

最近よく見かける「ライフログ」という言葉(というか文脈)に、どうも違和感みたいなものがあります。

キーワードとしての「ライフログ」ってのは、別にそれでいいんだけど「ライフログを取る」だとか「ライフログを残す」だとか、その手の言葉がどうしても自分の中でしっくりこない。

ライフログって、自分の中では「結果的に出来上がったものの総体」であって、そういう自分の中での抽象語を「目的」みたいなニュアンスで使ってる感じが、違和感の元なのかな。

自分の中では自分が残した記録、というものはどんなものであろうともそれは「ライフログ」だと思ってて、ただ、それをテキトーに置いておくだけだと見ることもないし、取り出すことも難しい。

技術が進歩したおかげで「残す」ことも「取り出す」ことも凄く簡単になったから、なんか「ライフログを残そう」みたいな言葉だけが先行してるイメージで、じゃあそれをどうするの、ってのがあまりにも放置されすぎてる感じ。

未だに色々よくわからんこといっぱいなんだけど、その辺をもうちょっと色々と考えてみたいなーと思っております。

ネタを出し尽くさないと新しいのが中々でてこない

九州で体験した色々がいっぱいたまりすぎてて、なんかそれを書ききってネタがなくならないと、中々思うように新しいことが進められぬ感じになっております。

「情報の呼吸法」って言葉が妙に自分の中でしっくりきていて、今は吸い過ぎてしまっていてはき出さないと次の「吸う」が出来ない感じ。

RSSとかも、いつもより読み飛ばし率が凄く高い。

これ、なんか面白い感覚だなーと思ってる。

いっぱい「吐き出したら」果たして次はいっぱい「吸い込み」たいようになるのかどうか。

吐き出し尽くした時にもう一回どんな感覚になるのか確認してみようと思います。

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