そもそもコードとは何なのか その成り立ちから掘り下げる

コードとは何か。音をまとまりで考えると、伴奏がわかる

知ってる曲を自在に弾き語りできるようになるためには「コード」の知識は必要不可欠です。

たとえばギターはそこが超よくできていて「コードの押さえ方表」を見て、それを丸暗記すると、それだけでかなりの曲をそれっぽく弾くことができるようになります。

ただ、それでは応用が出来ない。私が考える「自在に弾き語りができる」というのは、もっとちゃんと理屈を理解して、その理屈にのっとって「いくらでも応用できる知識」としてコードを理解すること。

前回は、音楽理論を外国語の文法みたいなイメージで説明しましたが、大ざっぱにコードというのも「文法」の仲間みたいな物です。

音楽が超できる人は、そもそもコードネームなんて知らなくても、聞いただけでそれっぽい物を再現できる。でも、凡人である我々は、それを理屈で整理するしかない。

しかし同時に、理屈で整理ができると、丸暗記とは違って、段々と「聞き取る」能力も向上していきます。

そのためにも、まずある程度「ルール」は理解しておいた方がいい。

ということで、またも理屈っぽく「そもそも論」を語りたいと思います。

コードって、そもそも何なのか?

メロディを物語の主人公の「行動」だとすると、コードは、その主人公がいる「場所」のようなイメージです。

同じ人が同じように走っていても、学校の運動場を走っているのか、家の中を走っているのかで印象は変わります。

いや、そもそも普通、家の中は走らないだろ、と考えた方。非常に素晴らしいです。

そもそも、メロディーを作る時にも、普通このコードでこのメロディーは使わないだろ、ということは当たり前にあります。ただ、それは「普通はそんなことしない」というだけであって、できない、不可能、というわけではない。

コードも同じように、実はそもそもどのメロディーに対してどんなコードを当てはめるか、というのは自由なのです。「普通はこうする」「これが一番いい感じ」というレベルの「正解」はあるけど、それが唯一絶対の物ではない。

あくまでも、ある「行動」に対して「場所」という雰囲気を作るための物。まずそんなイメージです。

じゃあ、音楽の中での「場所」とはなんなのか?

たとえば、ド・ミ・ソの三つの音を一緒に鳴らします。この音の組み合わせには「Cメジャー」という名前が付いています。コードネームでは、ふつうはメジャーを省略して「C」と書きます。ちなみに「業界」では、ドミソではなく「C・E・G」と表現するのが一般的です(これも、正確な話を書くと長くなり過ぎるので省略)

こうして複数の音を、一つの響きのまとまりとして扱うのがコードという考え方の基本。伴奏でド・ミ・ソを鳴らしつつ、そこにメロディーを当てはめると、メロディーの「感じ方」が変わる。

無理矢理さっきの話とつなげると「どこで走ってるか」によって「走ってるひとの雰囲気・見え方が変わる」というのと近いとも言える(なんかむしろわかりにくくなる表現だったかもしれない……)

ただ、ド・ミ・ソを全部同時に鳴らさないとCにならない、というわけでもありません。

ド、ミ、ソと順番に鳴らしたり、ド・ソ・ミ・ソと繰り返したりしても、その区間をCの伴奏として聞くことができます。コードの音を順番に鳴らす弾き方を「アルペジオ」と呼びます。

同時に鳴らすか、順番に鳴らすかでとかでも、イメージは変わります。ただまあ、これも今回の主題ではないので、とりあえずあとまわしにしましょう。

コードという考え方があると、何がうれしいのか?

結局、コードという物は、それがあるとなにがよいのか。

めちゃくちゃ簡単にいうと「少ない言葉で意図が伝わる」から。

よくある「コード表」で、歌詞の上に「C」とだけ書いてあればさっと伴奏ができるのは、結局これが一番手軽だから。

もし正確な音を、いつどんなタイミングで演奏してほしいか表現しようとすると、読む側も、書く側ね負担が大きい。コードというのは、そこを超「手抜き」したものと考えてもいい。「この区間はC」と書いておいて、具体的にどうするかは、演奏する人が自由に選べばいい。(音楽理論を学んでいけば、あえて違うコードを弾いて雰囲気を変える、ということもできる)

たとえばCというコードが書かれていたら、ド・ミ・ソを3同時に鳴らしてもいいし、ド・ソ・ミ・ソと(ピアノでよくある初心者パターン)順番に弾いてもいい。

究極的に、弾き語りは完全に「自由」なんです。知っているメロディを歌えるなら、最終的には「コード表」なんていらない。

ただ、いきなりそんなことができるわけがないし、できるようにならなくてもいい。目標は、こういう「歌詞とコードが書かれたもの」を見て、自分で好きなように弾き語りができるようになること。

ギターだとどうしても「ジャカジャカ鳴らす or アルペジオで順番に弾く」以外の方法を採用するのは難しいけど、パッドなら極論「なんでもできる」

その「なんでもできる」を実現するために、結局理解しておきたいのがコードの仕組み、というところに戻ってきます。

では、そのまとまりは、どう決まったのか?

ド・ミ・ソという3つの音の塊は、Cというコードネームで表記できる。これは「便利」なのは間違いないんですが、そもそもなぜド・ミ・ソという3つの音が選ばれたのか?誰かが「この三つをセットにしよう」と決めたのでしょうか。

西洋音楽の歴史を辿ると、最初からメロディがあって、そこにコードを付ける考え方が中心だったわけではありません。中世からルネサンス初期の多声音楽では、複数のメロディを同時に進めることが重視されていました。

一人があるメロディを歌い、別の人が別のメロディを歌います。それぞれは時間に沿って進みますが、ある瞬間を切り取れば、違う高さの音が同時に歌われています。

その重なり方に注目すると、「それぞれのメロディがどう動くか」に加えて、「今流れている音のまとまりは何か」という見方ができます。やがて、このまとまり自体を一つの和音(コード)として捉え、次の和音へどう進むかを考えるようになっていきました。

複数の音を重ねて演奏する実践があって、その響きをまとまりとして扱う考えが育ってきたわけです。

その過程で、大きな役割を持ったのが「3度」の響きでした。

ドからミは、ド・レ・ミと、最初の音を含めて三つ数えるので3度です。ミからソも、ミ・ファ・ソで3度です。ド・ミ・ソは、この3度を二段重ねた形になっています。

今ではごく普通の組み合わせですが、3度は昔からずっと同じように扱われてきたわけではありません。中世の西洋音楽では、4度や5度、オクターブのような音の間隔が、特に安定した響きとして重視されていました。15世紀頃から3度や6度を含む響きが増え、それらを滑らかに響かせる調律の工夫も進みます。

音同士がよくなじむと感じることを、日本語では「協和」と表現します。(翻訳)3度が協和する響きとして重視されるようになったことが、ド・ミ・ソのような和音が中心になる背景の一つでした。

こう聞くと、やっぱり気持ちよく聞こえる音の組み合わせは、物理で決まっているようにも思えます。

実際、ド・ミ・ソのようなメジャーのコードには、音の物理的性質から説明できるところも多くあります。多くの楽器の音には、その音の基準となる周波数の2倍、3倍、4倍……という成分が含まれます。これが「倍音」です。その4倍・5倍・6倍の成分を取り出すと、純正なメジャーの和音と同じ音の間隔になります。

もともと一つの音に含まれる成分の関係と、メジャーの和音の関係が対応しています。これは、その響きがまとまって聞こえやすい理由の一つです。

ただし、それだけですべてのコードが決まるわけではありません。音楽で同じように重要なマイナーの和音は、この低い方の倍音が4・5・6と並ぶ仕組みから、そのまま同じようには作れません。

さらに、音のなじみ方には、音の成分同士が干渉して生まれるうなりや、ざらつくような感覚も関係します。そして、どんな音楽を聴いてきたか、その響きにどれくらい慣れているかによっても、好ましく感じるかどうかは変わります。

だから、コードは単なる自由な約束事でもなければ、自然界から唯一の正解を取り出したものでもありません。音の性質と、それを人がどう聴き、どう使ってきたか。そういう、物理の法則と、人間の特性を「協和」させてでき上がったものだといえるのです。

「ドレミを一音飛ばしにすればコードになる」というのが「よくある説明」ですが、これは結局「丸暗記用のルール」でしかありません(しかも、これは例外があるためこのまま覚えると間違いだらけになる)

あくまでも「便利だから使われている」だけで「正しいかどうか」なんてものは存在しないのです。

その中で、一般的に使われているのが三和音と四和音。

ただ、それでもやっぱり基本の3和音と4和音の「作り方」は覚えておくと間違いなく便利なので、ある程度は暗記してしまった方が、最終的には便利です(というか、使っていればいつの間にか無意識に覚えてしまいます)

ド・ミ・ソは、ドレミファソラシドから一音飛ばしに三つ取った形です。こうした、3度ずつ重ねた三つの音の和音を「三和音」と呼びます。西洋の和声を使う音楽で、基本になるまとまりです。

基準になる音を「根音」、英語では「ルート」と呼びます。ドをルートにすると、ドが1度、ミが3度、ソが5度です。

つまり、三和音の基本形は「ルート・3度・5度」です。

三つあると、何が都合がいいのでしょうか。

ドとソの二つだけを鳴らしても、音同士の関係は生まれます。ただ、この二つはCメジャーにもCマイナーにも含まれています。まだ「その場所の雰囲気」が曖昧です。

ここにミを足すと、ド・ミ・ソのCメジャーになります。ミの代わりに、ミを半音下げたミ♭を足すと、ド・ミ♭・ソのCマイナーになります。コードネームでは「Cm」です。

ドとソは変わっていません。真ん中の音が半音変わったことで、コードが持つ雰囲気が、大きく変わります。

基本の三和音は、音が3つだけなのに、それだけで「明るい雰囲気」と「暗い雰囲気」をめちゃくちゃ簡単に表現できる、非常に「便利な道具」なんです。

そして、4和音は、ここに「大人の雰囲気」を加えます。

3和音は、ドレミファソラシドを1個飛ばしで3つ重ねたものでした。ということは、4和音は1個飛ばしで4つ重ねればいい。

ドレミファソラシドを1個飛ばしで4個重ねると「ドミソシ」ですね。

整理するとこんな感じです。

  • ド・ミ・ソ:C(3和音。Cメジャー)
  • ド・ミ・ソ・シ:Cmaj7(4和音。Cメジャーセブンス)

セブンスコードは、組み合せパターンが増えるので、メジャーマイナーだけでなく、もう少し種類が増えてくるんですが、とりあえず細かいことはまたあとで考えれば大丈夫。

ジャズでは、7thコードなどの四和音が「基本」であり、そこに「テンション」を足すことがジャズっぽさの秘訣なんですが、そういうのも追々書いていこうと思います。

とりあえず「基本のコードは3和音と4和音のものがある」ということ。そしてそれは、ドレミファソラシドの1個飛ばしで全部作れる、ということ。

ひとまずそれだけ覚えておけば「コードの理屈の基本」は覚えられたといえるでしょう。

そして、この「理屈」は、パッドを使うと、視覚的に、直感的に、非常に理解しやすくなるのです。

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