読書の記録はAIに任せず自分で書く
要約や記録の作成はAIが得意だが、読書の記録だけは自分で書く価値が残る。書く苦労が理解と定着を作る仕組みと、AIに任せた場合に起こることを説明する。
読書の記録はAIに任せず自分で書く
要約を作る、記録を整える、といった作業はAIの得意分野です。読んだ本の要約をAIに作らせれば、速くて正確なものが手に入る。それでも、読書の記録だけは自分の手で書く価値が残ります。読書記録の目的は情報の保管ではなく、理解と定着だからです。この目的にとっては、書く労力そのものが手段として働きます。AIに書かせれば速い。ただしその速さは、学習効果と引き換えです。
AIとの読書会を重ねるほど、この線引きの重みは増します。問いを掘り、対話で深めた後、最後に自分の言葉で書き残す。この最後の工程を手放すかどうかで、読書から残るものが変わってきます。
書くこと自体が考えること
書くことは、考えた結果を記録する作業ではありません。一文を書こうとして詰まる、書き直す、別の語を選ぶ。この過程の中で「結局これは何か」が確定していき、自分の主張は書き終えたときに初めて手元に残る。だから書く工程を外に出すと、作業ではなく思考が短縮されます。
脳の仕組みから見ても、同じことが言えます。脳は負荷に対処する過程で伸びるので、ハイライトを眺めるだけの楽な読書は記憶に残りません。自分の言葉で内容を再構成する苦労が、理解の深さを作ります。
AIが書いたノートは読み返されない
AIに書かせたノートには、後から効いてくる問題があります。要約として正確でも、自分の言葉で確定させた経験がないので、読み返すときに「読まされている」感覚しか残らないことです。自分の主張として引用できず、「ここにこう書いてあった」という参照しかできません。
AIが整理した完璧な記録より、拙くても自分で書いた記録のほうが、後の執筆や思考の場面で取り出されます。読書の記録は、効率化する作業ではなく、苦労ごと残す作業に分類しておく。AIとの読書会で得たものを自分のものにする最後の鍵が、この手書きの工程です。
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